お侍様 小劇場

   “これもまた お惚気?” (お侍 番外編 138)


まだまだ偏屈な冬が居座るか、
春めきを感じさせる陽がさして、一気にぐんと温かくなったかと思ったら、
そのすぐ翌日にはコートを引っ張り出さねばならなかったりと、
今年もなかなかに頑迷な寒さが引かず。
そういった変動の混在から、朝と昼と晩とでは10度も違う日もざらで。
不意打ちの寒さにあたってはかなわぬと、
溜息混じりに天気予報に眸をやる今日この頃。
今日の関東は 早くから陽も射しており、
気温も高めで花粉に気をつけてという予報が出ており。
それを確かめた新聞を、尋深い懐ろ前へ広げ、
窓辺から射す陽の明るみの中、
リビングのソファーにて一息ついていた島田さんチの家長様。
週の頭の月曜ではあるが、
役員専任秘書室の室長様にあっては
土曜日曜以上に 休みになったり時差出勤となる運びも多い曜日であり。
今日も、来週末にレセプションが立て続き、
それへ出た顔触れへの徹底した後方支援に務めたがため、
部下らへは代休があてられているのだが。
とはいえ急な連絡や通知もないとは言えず、
そのためにと
一応は出社予定ではあるというから、
相変わらずに お忙しい身の壮年殿。
くせのある濃色の髪を長く伸ばし、
雄々しいお背まで垂らしているその姿は、
知的に冴えた面差しなことと合わせ、
初見の相手からは
書家や俳人といった
ちょっとした風流人ではと誤解されがち。
だがだが、彼の顔立ちの彫が深くなったのは、
人知れずとしている顔のほうで、
それは深く熟考し、
重要な決断を為す立場が続いてのこと。
確固たる経験に裏打ちされて培ったそれ、
強い意志と芯の強さをたたえた風貌は、
結果として、実直さのみならず、行動力ある若々しささえ感じさせ。
社内のみならず、
出先のレセプション会場なぞでも、
妙齢のご婦人方の胸中に
波風立てることも少なくはないとか。
そんなダンディな殿御だが、
浮いた噂は一切聞かれぬ。
独身貴族なんて
懐かしい言いようされた存在の最後の砦か、
いやいや、そうではなくて、
流動的な情報を
完全把握してかかるお務めゆえ、
あまりのお忙しさから
オフになれば心身共に
ただただお休めになっているからだろう…と。
周囲は勝手に考えているようだけれども。

 「勘兵衛様、聞いてくださいませ。」

実のところは、
既に決まった相手がおいでだから、
でんと落ち着き払っておわすだけのこと。
お家を守るは金髪の麗人、
七郎次さんという遠い親戚筋の青年で。
炊事や洗濯といった身の回りのお世話から、
家内秘書のようなお役目とそれから、
やはり同居している
高校生の世話まで見ている働き者で。
とはいえ、このところは
恋人・伴侶というだけではなく、
そちらの高校生の母御という心持ちの方が
幾分か強くなりつつあるようなのが、
家長様には微妙にくすぐったいそうで。

 「いかがした。」

今朝もその“次男坊”について、
勘兵衛へと聞かせたい話があるらしく。
本人がいる前では憚られたか、
春休みでも練習があるらしい
剣道部の道場へと出掛けるのを見送ってから、
リビングへ駆け戻って来た彼であり。
それまでは
落ち着きのある保護者然としていたはずが、
打って変わって わくわくと口元ほころばせ、
とろけそうな笑みを浮かべてという
変貌ぶりで。

 「先日のホワイトデーを前に、
  久蔵殿に訊いたんですよね。
  そう、お返しに
  何か用意しておりますか?って。」

だってあの器量ですもの、
見目よし、素振り良し、人柄善しで、
女の子にも人気があるのは明らかなこと。
現に、今年もたっくさん
チョコレートをもらって帰って来たのだから、
ホワイトデーには
お返しをしなきゃあねぇって持ちかけたら、

 「何でだか、
  困ったように視線を避けてしまわれて。」

もらった相手は
部の子やクラスメートたちだって
話だったから、
相手が分からぬというクチは少なかろうに。
それとも、あまりにたくさんだったので、
いちいち買って返すには
お小遣いの無駄遣いにならないかと案じたか、

 「だったら何でも作りますよ?って
  持ちかけたんですが。」

クッキーがいいでしょうか、
あ、割れては大変だからパウンドケーキとか?
大荷物になっては
先生にも見とがめられましょうから、
小分けに出来るのがいいですよねって、
今年は土曜でその点は
気にしなくてもいいのかなぁって。

 「そしたら、困ったような顔をして、
  作らなくていいって言うんですよ。」

そっか、
買ったもののほうがお洒落だからかな、
お家の人が作ったなんて
過保護の極みだとか
思われちゃうからかななんて
思っていたらば、

 『シチが焼いたケーキを、』
 『ケーキを?』

やっと言いかけ、
でもやっぱりモジモジしまくる次男坊なので。
普段なら難無く読める気持ちも、
今回ばかりはなかなか覗けず。
どうして?と繰り返して聞いたらば、

 「人にやるなぞ勿体ないって、
  言うんですよぉ。//////////」

後になって
“どうしたか”は
部長の榊くんから伝わって来て、
部員からいただいたものは
義理チョコだろうからとし、
男子連名のものとして一括して
大きめの詰め合わせ
アソートチョコを買い入れ、
女子部の部長に“差し入れ”という名目で
贈っておいたのだとか。
それはそれで納得しつつも、

 「いやですよねぇ、もうもうvv」

困った、困ったと言いながら、
どうしたもんでしょうねぇと言いながら、
その実、お顔は
目一杯にほころびの
緩んでおいでな恋女房なのへ、

 「……さようか。」

まさかに“良かった”とも言えないが、
さりとて“困ったことよの”という言いようでも角が立つ。
そこのところが困り者の、
でもでも可愛らしい母と子には違いなく。
こらえ切れない苦笑を見せつつ、
どちらとも取れそうなお言いようをし、
その渋くも魅惑の笑顔でもって、

 「〜〜〜〜 勘兵衛様、真剣に聞いてらっしゃいませんね。////////」

そんな、あのその、微笑ましいなぁなんてお顔をなさってもうと、
今度は御亭への含羞みに
頬を染めてしまわれた、
何ともお忙しい七郎次さんだったようでございます。




   〜Fine〜  15.03.16.



  *きっとシチさんの方がワクワクと話してたに違いないですね。
   モテる息子が嬉しい母の感覚でしょか。(母って…)
   勘兵衛様も心得たもので、
   ちょっぴり嫉妬したり、
   見るからに呆れるより時期は もう通り過ぎたらしいです。
   …でも、いつ復活するかは判りませんが。(おいおい)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る